この4月から農業研修に通っています。
仕事を昼出にして、週に3日間の農作業にも随分と慣れました。
土の感触を足裏に感じ陽の光を浴びながら、鳥の囀りや蛙の鳴き声を耳にしての植え付けや収穫は、これまでやって来た仕事とは違う爽快感を感じます。
研修では断片的な作業が多いので、種から一つの作物を育て上げ、収穫するということは体験してないのですが、研修したことを少しでも実践するために、教室の庭に畑を作っております。
梅雨の合間に畑の土起こしから始めて、堆肥や石灰に肥料を混ぜ込み、やっと育苗ポットに育った苗を植え付けるまでになりました。
鍬やレーキ(土ならし器具)などの道具を揃え、堆肥や肥料などの資材を買い求めたのが4月でした。
連結したトレイに土を入れ、一粒ずつ種を落としていったものから、芽が出て葉が萌えやがて茎もしっかりとしてきたのには、何とも言えない嬉しさと生命の不思議さを感じます。
前々からやってみたかった家庭菜園。
自分が手掛けた瑞々しい野菜を摘み取り、料理して食べる。
この行為に心から魅力を感じ、今それを進めている事に心から喜びを感じます。
やはり『やりたいことはやるべきですよ!皆さま!』と本当に思います。
研修の農場で考えることがあります。
どんな野菜の収穫でもそうですが、なりの小さい物とか曲がったものができ、どうしても消費者のことを考えると、こんな不出来な作物は捨てられてしまいます。
いわゆる『フードロス』ですね。
残渣物としてやがて焼却されるこれらの作物を目にして、大変心が痛みました。
なんとか別の形で日の目を見ることは出来ないのだろうか?
『ああっ、もったいない!…』という訳で大量の歪な大蒜や玉葱や馬鈴薯それに胡瓜、そして牛蒡の茎に葉とブロッコリーの収穫した後の茎など、どっさりと貰って帰りました。
普段何気なく買い求める野菜の裏側に、どこの農家もこんな捨てられる命があると聞きました。
いつかいつかこんな作物を使い、私なりのブランドでソースやタレや漬物や酢漬けなど、製造販売できたら良いなあと考えるようになりました。
オリジナルな物も編み出せたら素晴らしいことです。
『六十の手習』という言葉がありますが、これから材料となる食べ物から作ることを新たに始め、食べられる野草や土のことなども学んでいきたい。
100%自給自足とはいかないにしても、ある程度自分の口を賄うことに注力したいものです。
採れたての瑞瑞しい命をいただくことは実に贅沢なことと思いませんか?